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SUN RISE MOON

太陽(人生の目的)を走りぬけ!月(ありのまま)の自分を再発見、結び合わせて宇宙(ソラ)を生きる

日々を丁寧に生きること=「祈り」が生きる道

最近ブログの更新が滞っていたのは、

現実的に休みなく働いていたからも

ありますが、日々「気づき」つつある

いま、わたしの拙い言葉では

とても表現が追いつかないから。

 

わたしにとって、今年は集大成の年になります。

経済的自立を求めて、30代で

看護学校に入学し、それがキッカケで

実際に新しい人生が開きました。

 

日本に帰ってくることになったのです。

 

必死で勉強した「看護」という

職業自体を離れることになる、

それは入学前に「予感」として

ありましたが、それも「現実」

となりました。

 

西洋医学の世界にはわたしの

もとめた「答え」は見つからなかったからです。

非常に良い経験をさせていただいたけど

やっぱりわたしは違う道を選びました。

 

出会った頃から直感が

「これがわたしの求めていた答えかも」

と感じていましたが、それには「経験」も「実績」も

明らかに足りていませんでした。

「知識」や「理屈」では意味のない世界

であろうことは、何となくわかっていたからです。

 

「価値観」だの「虚栄心」「物質欲」だの

いらない「アカ落とし」に

数年かかったのですが、その過程は決して楽しい

ものではなかったです。

古臭い「自分」だと思ってる姿に

しがみついている方が「楽」だったから、

変わることが「苦痛」「恐怖」でした。

 

「自分を信じる」ことで揺らがなくなった

それだけの事だったのですが、

いまは清々しく新しい「道」に

生きることを決意しています。

 

上に書いたことと矛盾してますが、

「自分を信じる」のに、

「経験」も「実績」も「理屈」も

いらないんですけどね。

 

ただ、信じればいい。

 

それだけのことを何故出来なかったのか?

 

「人に認めて欲しい」

って承認欲求と

「間違ってたら怖い」

という安心欲求が

わたしの中で強くあったから。

 

その2つの欲求を「手放し」たら

自分を信じることに、

なんの「根拠」もいらないことに

気が付きました。

 

「答えは常に自分の中にある」

 

そんな矢先にこんな記事に出会ったので

紹介したいと思います。

 

ひとつは、民俗学と医療の関わりです。西洋医学では病を定義し、健康と病気を切り分けて、病を「戦うべき対象」としてきましたが、日本を含む東洋哲学の核には、健康か病かという二元論より、自分の心や身体が調和している状態かどうかということに重きを置く考え方があります。引用:「病は敵」「死は敗北」という考え方を乗り越えて

 

わたしが看護学校で習った時には、

「健康とは体と心と魂が調和している状態」

という定義になっていましたが、

実際の医療の現場ではそのような治療は

なされていないのが、現実です。

 

そのために民間医療、祭りや芸能、加持祈祷など社会や文化に関わる色々な手段を「暮らし」の中で必要に応じて取り入れてきたのだと思います。人間の生きる営みの基本は日々の生活や暮らしの中にあり、自然と一体化していた暮らしは民俗学の中から発見できると思います。引用:「病は敵」「死は敗北」という考え方を乗り越えて

 

戦後の日本は「経済第一主義」で

復興の名のもとに、そういった「民族的」

な暮らし方を手放してきてしまったと

思います。

 

自分なりにそのことをずっと考え続けてきて行き着いたのは、日本の文化においては、心や身体を調和させるために、茶道、華道、武道、書道、といった「道」を追求してきたという視点です。医療の枠内だけで考えていたから、よく分からなかったのだと思いました。引用:「病は敵」「死は敗北」という考え方を乗り越えて

 

この方のおっしゃったのは、日本には

西洋医学が入ってくる前も、

中医学アーユルヴェーダのような

「体系的」な医学が不在だった、

という説です。

これについては、反論があると思いますが

わたしが共感を覚えたのが以下の部分です。

 

医療は病気に対する知恵でもありますが、根本的には人間の体や心の知恵でもあると思います。私の仮説は、芸術・芸能に代表される「道」が心や体に意識をむける重要なきっかけになっているということです。そうしたあらゆる「道」においては「型」があり、姿勢や呼吸法などが非常に重視されます。身体を整えることが心を整えることであり、心を整えることが身体を整えることにつながる、そういう感覚を日本人は美を追求する「道」の世界でおのずから身につけていったのではないでしょうか。引用:「病は敵」「死は敗北」という考え方を乗り越えて

 

 

医療は本来、

「自分の体と心を知るすべ」

ではないか?と思っています。

いまでは「病気になって治してもらう」

というのが一般的でありますが

本来は「心身魂の調和を保つ」

ことが「医学」の努めだと思います。

 

看護の世界から飛び出して、

「スピリチュアル」に飛び込んでみて、

あらためて「地に足付かない」

スピリチュアルの怖さというか

無意味さも体感してみて 笑

「心と体と魂」バランスよく

調和するために、

最近また「体の声を聞く」

ことの大切さを身にしみて

感じています。

 

極から極へ。

 

「真理」を求めて片っ端から

ハマり込んできた中で

わたしを最も「真ん中」

にとらえ続けるのが、

「武道」であると確信しました。

 

「体を整える」=「心を整える」

そして逆もまた真なり、

の「武道」という「道」

は最も「魂磨き」にもふさわしい。。。

 

日本古来の「道」を歩くことは

昔から続く「スピリチュアル修行」

なのかもしれないですね。

 

今日も元気に稽古ができて幸せです。

 

そうやって毎日祈りを捧げて、

一つ一つ小さな答えを見つける、

そんな何気ない日々の繰り返しこそ、

わたしがこれからも続けて行きたいこと。

 

そのためには、家を整え、

体を整え、周りの人達と調和し、

日々を丁寧に生きていきたいと思います。

 

なぜって、夢は叶うってわかったから。

でも時間がかかるんですねえ〜(*´ω`*)

だから焦らずに、諦めないで進めるように、

ゆっくり丁寧に夢に取り組むのがいいみたいです。

 

「思考」と「直感」型の私には、

「忍耐」と「継続」が1番難しいことなので、

イライラして、焦ってるなーって

感じるときに近頃「呪文」の様に

頭のなかで唱えると、気分が落ち着いていく

歌がこちらです。

 

先日紹介した「ブラザーサン・シスタームーン」

の中の歌の一つです。

 

 

 

lrt.hateblo.jp

 

「もし夢を叶えたいとおもうなら、

時間をかけて、ゆっくり進みなさい」

 

「数は少なくても良いから

それぞれを丁寧にやりなさい」

 

「心をこめて行う仕事は

純粋に広がっていくだろうから」

 

「自由に行きたいと思うなら。

時間をかけて、ゆっくり進みなさい」

 

「毎日コツコツと一つづつ

石を積むように極意を築きなさい」

 

「日々、あなたも成長し

いつか天の光を理解するだろうから」

 

「あなたが夢を叶えたいなら

時間をかけて、ゆっくり進みなさい」

 

 

諦めなければ、夢は叶う。。。

だから諦めずに継続できるような

環境や心境を自分で整える、

それが大事なのだと思います。(*´ω`*)

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