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ヒビコレ!

答えは自分の中にある〜人生という名の冒険をエンジョイ!

魚座1度サビアンシンボル:IN A CROWDED MARKETPLACE FARMERS AND MIDDLEMEN DISPLAY A GREAT VARIETY OF PRODUCTS.(混みあった市場で農家と仲買人が様々な品物を並べている):剣と魔法のファンタジー「ベルセルク」を読んで変わったこと

今日の太陽サビアン、ついに魚座に入りました。 IN A CROWDED MARKETPLACE FARMERS AND MIDDLEMEN DISPLAY A GREAT VARIETY OF PRODUCTS.(混みあった市場で農夫と仲買人が様々な農作物を並べている)という度数は、今までの総決算を渾然一体に見渡してる、賑やかな様相です。

今回の「水瓶座」時期は自分的に意識を少し上げられた、そんな気分です。水瓶座の、サラっとした性格や「無機的」な感じが、情緒的な「蟹座の月」の心と相容れないのですが、天秤座のわたしは、水瓶座の友達が大好きなので、ここ矛盾してるんですね。

それは「感情と思考はくっついている」ので、思考を客観的に見つめることで、感情も客観的に見つめることができる。自分にとってとても大切で思い入れのあることは、他人にとってはどうでもいいことであると、冷静に分かっている。。。のが水瓶座さん、なのかもしれないと思いました。水瓶座さんには、共感も「仲間」って感じの、爽やかでライトな共感ですよね、同じ思考回路だよね。みたいな感じで。。。

だからこそ、自分の個性を頑固なまでに、貫くのでしょう〜(*^_^*)自分が守らないで、他の誰も守ってくれない、そこに共感やら、求めてないから、追求できるんでしょうね。自分の道をストイックに。。。わたしの師範がそうなのです。(*´ω`*)

そしたら他人の個性も大事に出来ますよね。自分を貫いて、始めて相手も尊重できる。

 

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世界には色んな人が居て、色んな考え方、感情、物質、価値観、倫理観、世界観、があって、それは「どっちがイイ悪い」「どっちが正しい」といった、比較や善悪で決められれるものではないと考えられる様になるのも、水瓶座的な、どんな人間的な問題もテクノロジー的に「無機質感」で捉えることから、出来るのかもしれません。

そして魚座です。12星座の最後の大詰め、11星座の世界を全て鍋にぶち込んで、ぐつぐつ煮込んだ、スープのような世界観です。素晴らしい一皿のチキンスープを作るのに「チキン」だけが重要なわけでも、素晴らしい訳でもないのと、同じです。

それこそ、塩が無くても、コショウがかけても、水が不味くても、きっと美味しいスープは出来ないだろうし、それが鍋に入れられただけではダメで、それぞれの「エキス=本質」が抽出され、影響し合い、渾然一体なって「チキン+水+塩+コショウ」が「チキンスープ」というものになる。それには、鍋の中で対流し、ぶつかり合い、寝かされる「動き」や「時間」というものも、魔法の秘訣なわけです。

西洋占星術の捉え方では、例え自分の生まれ星座が「天秤座」だからといって、他の星座の性質が入っていないわけでも、無視していいわけでもないんです。むしろ、他の要素がかけている場合、その要素に触れることで、自分の中にある「牡羊座」や「乙女座」や「牡牛座」「双子座」なんかの特徴を響かせる、そうして最後に人格の完成を狙うのが「魚座」の領域です。垣根のない世界、融和と、浄化と受容の世界です。

市場では、様々な「農作物」が並べられていますが、それは「天の水」「太陽の熱」「慈愛の土」「恵みの風」という「四大元素」が育んだ総決算。水がなくても、ミネラル豊かな土が無くても、太陽が照らさなくても、風が受粉を促さなくても、作物は生まれず、育まれない。。そして、それには「時間」も掛かります。

全ての要素が、揃って始めて、お互いが影響しあって、からみ合って、素晴らしい作物は生まれるんですよね。多すぎる水は、作物を腐らせ、照らしすぎる太陽は土を干からびさせる。水なんて多過ぎたら、ナイルの洪水みたいに辺りを一掃しちゃいますしね。

 

IN A CROWDED MARKETPLACE FARMERS AND MIDDLEMEN DISPLAY A GREAT VARIETY OF PRODUCTS.(混みあった市場で農家と仲買人が様々な品物を並べている)

 

よくも悪くも、今までの「直感」「感情」「思考」「行動」の総決算が並べられているんですね。そのバランスが全て、いいタイミングで、絶妙のバランスで揃ってこそ、実りが得られることを思うと、ほとんどの時間を「感情」と「思考」のシーソーバランスに費やし、そこに突然の「直感」が放り込まれて、急に「行動」に移すわたしは作物の実りも「天が加担した流れに乗った時」「試行錯誤しすぎた時」でかなり落差あり。

今回「そろそろ今までしがみついていた居場所から離れる時だ」と急に感じたので、生活パターンと人間関係を変えていくことになりそうです。そこに居続けると「本来の自分の輝き」を放つことができないと、思い知ったからです。どんなに大切でも、失いたくなくても、旅立たないといけない時は、離れないといけない。。。(T_T)

その代わり、いままで興味があって、ちょっと首突っ込んでも怖くて、深く関わろうとしなかった、人たちが向かっている方向に改めて進んでみることにしました。

「見えない世界」「まだない世界」を追求している人たちです。笑

「見えない世界」なんていうと、「霊とスピリチュアル」ですかい?って、思うかもしれませんが。。。実は意外な分野に「スピリチュアル」が入り込んでいる。。。そう、わたしたちが「現代科学」だと思っている「物理学」「医学」の分野の最先端では「目に見えない」領域にもうとっくの昔に踏み込んでいるんです。

もちろん「保険制度」「検査機器」「製薬」に支配され、利権構造に絡め取られている日本の「現代医療制度」の現場は、その進歩からはるか後方におりますが。。。

 

2月16日(木曜日)PHASE 328 (AQUARIUS 28°): A TREE FELLED AND SAWED TO ENSURE A SUPPLY OF WOOD FOR THE WINTER.

KEYNOTE: Knowledge and skill used in its natural surroundings for the satisfaction of vital basic needs.

水瓶座28度:切り倒され、切断された木が冬の間の焚き木を十分に供給する」

自然に育まれてきた「木」というものが、「焚き木」という、「火をつける」目的のために使われるという、度数では周りの人の求めに応じて、自分の知識やスキルを使うという状況です。この日わたしは「自分の家」と思っている場所を実際に「公」にしている人たちとの圧倒的な違いに気が付き、自分の役割が彼らとは違うということを認めて、その場所との関わり方を変える時、そう思った日でした。

「家」と「公」の違い。。。それは「ホンネ」だけで人と付き合うか「本音とタテマエ」をちゃんと使っていくか、その違いですね。(*´ω`*)

あとは、自分が相手の、その場所の求めている「条件」「スキル」を提供できるか。。。ってことですね。悲しいけれど。。。わたしは表舞台には立てない。。。少なくとも、今はわたしにはその能力も経験も、才能もありません。舞台の観客なんです。

「稽古事」と「プロ」の違い。。。とも言えるでしょうか。

だけど、観客が居て役者も存在できる。。。そう考えた時、自分の関わり方、自分の立ち位置、そこをちゃんと理解して、存在すればいいのだと思います。(*^_^*)

それに気がついて、死ぬほど悲しかったけど、逆に踏ん切りはつきました。

それより、じゃあ自分の才能やスキル、情熱はどこで「形」にして表現できるだろうか?を考える切っ掛けにはなったみたいです。この日が「蠍座」の領域に月があったことで「たった一つ」の人や場所への執着が急に色濃くなったのかもしれないです。

日本に帰ってきた「きっかけ」と「理由」であり、日本にいつづけた「こだわり」であり、自分の生活パターンと、思考回路、価値観や優先順位の全ての中心で在り続けた、場所と存在から「離れる」ということを考えただけで、心細さに身震いしました。

まるで「居心地の良い子宮」から、未知と不安が待ち受ける「外の世界」に押し出されるような。。。だけど、行かなきゃいけない、いま生まれださなければ、腐って息が詰まってしまう。。。。

 

2月17日(金曜日)PHASE 329 (AQUARIUS 29°): A BUTTERFLY EMERGING FROM A CHRYSALIS.

KEYNOTE: The capacity to utterly transform the character of one's consciousness by radically altering the structural patterns of everyday living and the types of relationships one enters upon.

「蛹から生まれる蝶」

「自意識の特性を日常生活のパターンと人間関係を劇的に変えることにより、徹底的に変化させる能力」

これは、今まで絵に描いた餅のようだった、ぼんやりした願望がはっきりと姿をあらわし、それを自覚することで、自分自身も変化できるという、状態です。

実はわたし、マイナー度数ですが、この度数を持っています。いわゆる「自分の幻想としか思えなかった理想が体現化する」ってことが、わたしのサビアンの度数で幾つかあるのですが、その1つであり。。。この日のわたしは、またしても西堀先生にお会いしに、ビックサイトの「健康展覧会」に出かけていたんです。

西堀先生こそ「見えない領域」を「物理」の世界から、アプローチした方です。

わたしたちが「神秘現象」と思っていること、例えば「イエス・キリストの奇跡」と言われていることすら「物理学の理論」で説明ができる所まで行っていらっしゃる。

でも、先生の行ってらっしゃる領域はわたしが感知できるレベルをはるかに超えたところなので、先生の言うことはほとんど「怪しい。。。笑」と、思えるレベルです。

先生も「真実に、気がついた人にだけ届けば良い」というスタンスなので(元々研究者ですしね)ぜんぜん「商売行動」に移されませんし。。。だから「音響免疫療法」は「患者の会」というスタンスで「会社」じゃないんです。

医療現場で「医療の嘘と欺瞞」に気がついて、絶望して、1自主失職(笑)した私としては、もっと大々的にやってくださいよ〜!医療と製薬業界に風穴あけてくださいよ〜と、自分が「看護免許」で御飯を食べてるのを忘れて、本気で思うんですけど。。。笑

この日は西堀先生に、うちの両親がごく典型的な「病院」の信者であること、わたしが看護師だからこそ、やっと説得して父の薬を辞めさせ、些細なな医療ミスが最悪の状況に陥るのを回避したこと、それでも未だに両親はわたしの考え方や提案に懐疑的なこと。。そんなことを話しながら「先生が業界を潰す未来を予測して、わたし転職活動中なんです」と言ったら、笑ってました。笑

実際にお父様が陸軍の軍医で、医学の内情を知りつつ、自分は物理学の研究に進まれた、という「生まれながらのエリート」という環境だった先生。。。

それに引き換え「保守派会社員」の中流家庭の出の私。私の周りに、私のような発想で「本質」を追求し、旅をして、職種を変え、模索して無駄に足掻いてきた人は居ないんです。非常に哲学的で、思索的、革新派な考え方をする高校の仲間たちも、それぞれ立派な肩書の中堅社会人になっており、世間の最先端の知識を持っていて、話を戦わすのは「知的刺激」なのですが。。。いかんせん「沢山の知識」であって「意識の変化」は伴わないんです。それは、やっぱり育った土壌が「同じ」だからですね。

そんな育ちのわたしにも「意識変化」を起こさせてくれた、西堀先生とお話したこの日は、わたしの占いの師匠のメルマガにも「開眼」させられた日でした。

 

パットしない生活を送る
冴えない人生の女性…

じつは、そんな女性は
才能が眠っているだけなんです。

才能がない、という人は
そもそも人間には生まれません。

猿ですね、猿!
次はサルです。

人間は、みんな天才。

ただし天才のままだと
生きていくのに障害が多いから、

凡人風味になるよう、
お母さんがシツケしたんです。

その成れの果て、
というだけです。

つまり『凡人風味』をやめるだけ。

『成れの果て』からの脱却ですね。

それさえできれば、
立派な人生の成功者となります。

とはいっても、
そう簡単にはできない。

というわけで、

ぼくは占いを学ぶことを
すすめているわけです。


 

この先生も一族が「占い」「霊的」な業界の人ばかりという、異種な土壌に生まれ落ちた、わたしとは「異質」の世界の人です。遠すぎて、近づきにくい。。。でも「凄い人だ」と、会って直ぐに思ったからこそ、一回目の鑑定で弟子入りを申し込みました。まさに「鬼才」という感じがしたからです。でも、怖かったんでしょうね。

あまり寄り付かなくなり、気がついたら「占い」自体を否定して、自分には合わないもの、と断定して逃げ出しました。自己流でやっているうちに、逆に意識の深淵に取り込まれかけて、恐ろしくなって、逆に否定したのは「見えない世界」と子供の頃から馴染むように育てられていなくて、全くそんなものを否定している「科学的思考」の父親と「現実・唯物主義思考」の母親の「凡人風味」が心底染み込んでいたから。。。。。

でも「フェレット君」が勧めてくれた「剣と魔法のファンタジー」に、どっぷり浸かってみて、わたしはすでに「不思議の世界」に片足突っ込んでいたことを思い出させられたから。。。どんなに「猜疑心」で西堀先生の話や、占いの師匠の属する世界を否定してようとしても、それを上回る「憧れ」の気持ちが、心の底から湧いてくるんです。

たぶん、今世では「他人の意識」の世界に入り込まないで「物質世界を堪能」することに決めてきたらしい「オコジョ君」を恋い慕うあまり、自分は逆に「世間的流行」に振り回されず「世代を超える深淵の世界」を追求するという目的で生まれてきたことを無視しようとしてました。(*´ω`*) 「オコジョ君」に背を向けて、正反対に歩き出すことを決めた今。。。自分のハートがワクワクする方向に向かっていいんだなと。

フェレット君」の射手座の月がわたしの、ドラゴン・ヘッドに合なので、この人はきっとわたしが無視していた「今生の課題」を思い出させる人かな?と思ってました。「高尚な知識」「海外」という意味もある「射手座」だけに、彼の職業からインスパイアされて「特許翻訳やる!!」と息巻いていましたが、全然勉強やる気でないし、就活も暗礁に乗り上げ。。。ふてくされて大人買いした「ベルセルク」が、わたしの「今生の課題」についてのヒントでした。。。まさに中2病です。(月だけに。。)

  


ベルセルク コミック 1-38巻セット (ジェッツコミックス)

 

フェレット君」いわく

「ガッツはキャスカを守りながらグリフィスを倒さなければならないんだけど、キャスカを守るには人間性を保つ必要がある一方、グリフィスを倒すには人間性を失わせる狂戦士の甲冑を着る必要があるの。そんな過酷な使命の中、仲間との絆あり、恋の予感ありの剣と魔法のファンタジーがベルセルクなのだ。

こんな風に1つの漫画を語る僕を、友達は気持ち悪いと思ってるんだ。」

と素晴らしいまとめをLINEで送ってくれました。最後の一文が妙に自虐的ですが、大丈夫ですよ。。。わたしなんて、漫画を地で行くような生活してるから。。。「剣(合気道)と魔法(占い)のファンタジー(という名の貧乏生活)笑」

更に、

「孤独な生い立ちのガッツは鷹の団に対して始めて仲間意識を持てて、自分の居場所を見つけられたと思ってたんだけど、グリフィスが鷹の団の評価を上げて「自分の国を手に入れる」という夢が叶うにつれて、ガッツが望まない闘いを強いられるようになっていくの。剣に生きるガッツはその状況にジレンマを感じながらも、鷹の団の切り込み隊長としてグリフィスからの信頼に応えていくの。でもグリフィスの友情感を聞いて、どこかでグリフィスの夢の糧になっている自分のままでは、グリフィスと対等になれないと思って、鷹の団を抜けるの。

でも。。。実はグリフィスは。。。ガッツがいないと。。。。?!」

という感じで、わたしを「わーん!早く続き読みたいっ!!!」という気分にさせ、まどろこしい漫画喫茶で5巻ずつ読むよりも、中古のベルセルクを一気買いしたほうが、ずっと値段的にはお得であるという、計算までさせたのでした。。。。新宿の2時間500円の漫喫で、6巻の半ばまでしか読めなかったのでね。。。全38巻ですから!!!!

 

2月18日(土曜日)PHASE 330 (AQUARIUS 30°): DEEPLY BOOTED IN THE PAST OF A VERY ANCIENT CULTURE, A SPIRITUAL BROTHERHOOD IN WHICH MANY INDIVIDUAL MINDS ARE MERGED INTO THE GLOWING LIGHT OF A UNANIMOUS CONSCIOUSNESS IS REVEALED TO ONE WHO HAS EMERGED SUCCESSFULLY FROM HIS METAMORPHOSIS.

「変容を成功させるに至った個人に明らかにされる、超古代文明の過去に深く根差す、多くの個々の自我が全体意識のまばゆい光に統合される、霊的な同胞団」

KEYNOTE: The ability for the person with an open mind and a deep feeling for self-transcendence to come in contact with higher forms of existence.

 

そんなこんなで「やっぱり根源の世界を見つめ続ける人たちと居たい」と思えた、ここ数日。。。ベルセルクで魔女っ子シールケが「現世」(うつし世)の世界は「幽界」(霊、または精神、アストラル界)と「本質」(イデア、魂、存在の根源)の世界の2つが重なり合っている、という話をガッツたちにするのですが、正にこれですね。

 

「世界は縦や横に拡がるだけではない、そのうちに大いなる深みを孕んでいる」

「決して唯物論や1つの教義でこの世界を断ずることはできない」

「大いなる謎を受け入れ、世界の内より万象を探求する、それが魔道です」

 

と、魔女っ子シールケのお師匠様のフローラが説明した「魔道師」の世界。。。これが水瓶座30度の度数の到達してる世界。。。鉄と波動と羊水の響きを研究して「ボーンビートチェア」を創り上げた、西堀先生の見つめている世界、若くして高野山の修行を終えたにもかかわらず、一旦は家の世界に反発しビジネスの世界に身を投じた占いの師匠も、商売に行き詰まった時「世界を内から覗く」稼業に戻ることを決め、それからずっと真摯に向き合われているのも、その「真理探究」射手座の世界です。

魔道師には成れないにしても、時代によって、地域によって様々に異なる現象を超えたところにある普遍的な全体性、を意識し、自分という存在を「今ここ」に映しこむ。

剥き身の剣一本で世界全体と対峙するガッツが、不思議な因果で現世と幽界の合間の住人であるシールケに出会えたように。わたしも「出会い」が運命のカギだと感じます。

その時代や地域、周囲の人々によって植えつけられた「自分(と思ってるもの)」よりも、本当の自我はもっとオープンなようです。その自己超越のレベルを目指すと、大元の自我?ハイヤーセルフ?わたしの親分?と話せるそうな。

 

人と出会い、別れ、そうやって、人は生きながら、古い自分とも決別し、違う次元に「生まれ変わる」ことで、全てが変わっていくのかもしれません。。。。。(*´ω`*)

 

そんな「うごおおお!!!死ぬうう!!!」と叫びたいような、この数日は、どうも理由が蛹から蝶に生まれ変わるグチャグチャ感だったみたいです。

 


 

ameblo.jp

 

明日の射手座の下弦の月。。。わたしは「オコジョ君」にサヨナラ!のエールを心の中で送りながら、その反対に自分は飛び出していこうと思います。。。。何時だって、人は一人で生まれて、一人で生まれ変わるんです。出逢ったことで、生まれ変われた自分で、まっさらな旅を始められるように。。。。(*´ω`*)

 

このうねりは出産時でいえば「陣痛」のようなものです。
ちょうど陣痛は、昔、「神通」と書いたという話をお聞きしました。

まさに今、神の通る橋が架かるとき。

この橋は、ひとりでしか通過できないようになっています。
どんなに一緒に渡りたい人がいても
この橋はひとりで渡らなくてはなりません。

そのため、現実的にはこの橋を渡るまでに
別れなども起こりやすくなります。

またね!
とわたしたちはお互いの無事を祈り、互いの旅にエールを送ります。

また会えるだろうという信頼、
もう会えないかもしれないという感謝を胸に。

エールは、うれしいエールばかりではないこともあります。
厳しいエールも、その橋を渡る力になっていることを理解してください。

 

ちなみに、魚座の「市場」はもう、ワクワクする品物なら、何でもありですよ。