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SUN RISE MOON

太陽(人生の目的)を走りぬけ!月(ありのまま)の自分を再発見、結び合わせて宇宙(ソラ)を生きる

射手座9度サビアンシンボル:A MOTHER LEADS HER SMALL CHILD STEP BY STEP UP A STEEP STAIRWAY(教え、教えられる事)

今日の太陽サビアンは

「母親が小さい子を階段で一歩一歩導いている」というシンボルです。

わたしこの度数、パッと見て嫌だなあ。。と思いました。

子供の頃「階段を登る」のが怖かったのかもしれない??

 

この度数での「階段」とは、人工的な建築物です。

社会的に作られたもの。高層の建物がなければ要らないもの。

「社会で段階を登ること、階層構造を上がること、上に立つこと」

ということを暗示してるんですね。だからイヤなんだな。(^m^;)

 

子供の頃「勉強しろ」と言われたことは、ある年齢までなかったです。

本を読むのが大好きだったので、新年度にもらった教科書は副読本まで

勝手に読み進めていたので、授業は先生に質問をする時間だと

思ってました。勿論指されないのに、勝手に発言したがる子供。

 

 

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勉強が嫌だ、面白くない、そう思い始めたのは「中学生」それは

テストが面白くなくなってきたんです。そう。。高校受験という

「優劣を決める、選抜テスト」の様相に変わり始めてからです。

 

自然授業が「ここはテストに出るからちゃんと書いとけよ!」みたいに

ただただ、先生が黒板に書きつけることをメモるだけ。

そこには「自分で考える」という楽しみが無くなってしまったんです。

 

小学生までは理科の時間に「自分で実験方法」まで考える、そんな自由も

あったのに。思ったような結果が出なかった時に、失敗した理由まで

先生と一緒に考えるという、クリエイティブな楽しみがあったのに。

 

成績が学科によって差が出始めたわたしに「こんな点とって悔しくないの?」

と母は呆れていましたが、わたしは他人と競うということに興味を持たない

子だったので、何を言ってるのかよくわかりませんでした。

 

嫌いな教科、嫌いな先生の授業なんて、時間の無駄、努力の意味なし。

この事に関しては、大好きだった社会科の先生が母よりもわたしのことを

理解してくれたので、親子でも理解し合えないものだとこの時学びました。

とはいえ誤魔化せたのは高校受験まで。大学受験では見事に失敗しました。

   

これが教育システムによるものだと、後で知ったのは、高校から

数学で落第し始め、赤点常連だったわたしが、カナダの看護大学では

統計学でA+がとれただけでなく、クラスメイトに教えてあげてたから。

県立の進学校だったため、いったん出遅れると、追いつく事が

出来なかったために「数学が苦手」になっていたのです。

 

数学が苦手、なわけじゃなく「得意」になるための機会を逃した。

 

つまりそれだけの事だったわけです。(笑)

 

これはとても重要な事実です。

小学生の時にマット運動が怖くて出来ずに、体育で2をもらった

わたしも、今じゃ道場で、飛び受け身してますから〜。

 

もし「体育苦手>運動苦手」と思い込んでいたら、どうだったでしょう?

体育が大得意だった母親は「運動神経悪いなんて誰に似たんだろう?」

とこぼしてましたが、それを鵜呑みにしないで良かったです。

 

もし今あなたが「英語が苦手」とか「運動が苦手」とか、そういう思い込み

があるのなら。。。。今直ぐそんな「他人評価」はゴミ箱に捨てたほうがいい。

 

それは環境が悪かった、方法があってなかった、時間が足りなかった、

努力が足りなかった、根気が足りなかった、それだけのことだから。(*^_^*)

 

受験システムは自然な「学びたい」という気持ちの発動には沿ってません。

それは「社会」という構造体を支える「優劣」をつけるために人工的に

つくられたもので、先生たちもそれにそってわたしたちの手を引いてくれた

わけですけど、残念ながら一人ひとりの手を引く時間は無いので、

登れなくなってしまう子が出ますよね。

 

本当は「学ぶことの愉しみ」だけ教えてくれればいいのにね。

 

でもこの受験勝ち抜きシステムを、しっかり習得してしまい、

イイ点を取ることが「良いこと」だと覚えたわたしは、無駄な数年

を費やすことになります。いっその事「思いっきり落第」だったほうが

良かったかもですねえ〜?? 元々、高いビルに登るような人生に

興味がなくって、それなら木登りしてたい人だったのですから。

 

これから「会社員」ってものも、安定じゃなくなってくる時代です、

国家システム、経済システムですら、崩壊してくる時代がやってきます。

その時は、遠くを見渡す目線をもち、不安定な状況でもブレない基準を持ち

荒波を乗りこなす、バランス感覚を学ぶほうがきっと役にたちますね。

 

「母親が小さい子を階段で一歩一歩導いている」

 

おかげ様で、直感でパッと向かった、わたしの占いの師匠からは、

占いの技法は、全然学ばなかったけど「実践でやれ」と

言われた言葉通りに進んで今のわたし、があります。

 

最初、具体的にアドバイスをくれない、と物足りなかったのですが

側でみてるうちに「見習いたい!」と思ったのをよく覚えています。

武道の師匠も技は細かく教えてくれませんが、稽古への心構えは

なんども、繰り返して諭してくださいます。

 

良き師匠は、彼自身の生き方で道を示してくれる。

 

占いで「先生」と呼ばれる立ち位置にいる今でも、クライアントさんの

悩み、状況、人生を、セッションを通してわたしも学んでいるくらいで

わたしは「何かを指図」出来る人間では無いと思っています。

 

タロットや星の動きについての知識はありますが、そのメッセージを

ただ、伝えるだけの役割しか無いです。あとは一般的な人生訓程度。

わたしに良いことが、相手に良いとは限りません。

 

メッセージを、どう受け取って、どう生きるかどうかは、

クライアントさんに託されている、そう思いながらやってるので

「こうしたら悪いことが起きないということを教えて」

欲しいというスタンスの方は「違うな〜」と思うかもしれません。

 

鑑定という言葉を使わずに「セッション」と言いたいのも、

結局は自分で何かに気がついて、変わることで未来は作るんだ、

というスタンスで「占い」に向き合うほうが「悪いこと」

を避けたい、という受け身の「占い」より有益だと感じるからです。

 

どっちがいいとか、悪いとかじゃなく「教えること」が出来るのは

結局、わたしが実際に経験して、会得したことしか無い。。。

 

そういうことですね。(*´∀`*)