蠍座11度サビアンシンボル:A DROWNING MAN IS BEING RESCUED(生かされているという素晴らしさ)
今日の太陽サビアンは
蠍座11度の
「救出された溺れる男」
というシンボルです!
いやあ〜サブタイトルに
書いたようにね、
生きてる。。。より、
生かされていること、
それが素晴らしいのだと、
本当の意味で、気がついたら
「死にたく」なったり、
「人生辞めたく」なったり、
するまで、自分で自分のことを
追い詰めたり、責めたり、
卑下したり、ダメにしたり、
無視したり、蹴り入れたり
(ツッコミ入れはオッケーです!)
嫌いになったり、傷つけたり、
苦しめたり、使いつくしたり、
捨てたり、仕舞いこんだり、
(大切に丁寧に使うのはオッケーです!)
しないと思うんですよ〜(*´ω`*)
「独りで生きてる」とか
思うとね、そりゃーシンドイ。
太陽が皆に平等に降り注ぐように
わたしたちという存在は地球に
ただ一人で、それを「生ききる」
それだけのチャンスや能力は
みーんな与えられてるんだな。
そうだ、折角もらったもの
「使わなきゃ損損」である。
しかしそもそも自分のモノなのに、
なんで「使い方わかんねー!」
ってなったのか?
それは。。「自立」してない
からだと最近気が付きました。
あまりに「自立」してないと、
「わたしの適職ってなんですか?」
「わたしに相性のいい男の子ってどんな性格?」
「わたしってどんな性格でしょう?」
って占いに聞きに来ることに。。。
ちなみにこの3つの質問は、
占い師に聞かなかったものの、
わたし自身が「占い」を「勉強」して
見つけ出そうと、ついこの間まで
していた「愚問」です。。。
笑ってちょーだい!(^m^;)
矛盾しますが。。。そう
わたしたちは「独り」で
生きてないっつーか、
「独り」じゃ生きられない
身も心もふにゃふにゃの
生き物で。
そこらの野良猫のほうが
よっぽどスガスガしいですね。
だからヒトは周りの顔色を
伺い、ゴキゲンを伺い、
ご意見を伺う「癖」があって。
それを失敗すると「生存の危機!」
とばかりにビビる性質なのです。
これは人類創世記からの、
「村八分にされたら生きていけんべ」
という、恐怖に裏打ちされた
「自動的な感情暴走」
に過ぎないと思えるように
やっと最近なりました。
でもさ〜「飼い猫」でいいでは
ないですか?わたしたち、
群れないと生きられない動物
なのですから、難しく考えず
適度に「飼いならされ」て
おきましょう!
その逆で、真面目で、毎日、誰かの役に立たたないと自分には価値がないと思ってしまっている私達のような現代人はむしろ、飼われている猫ちゃん達の姿、生き方を見習ったほうがいいと思うんですよ
うつかな?と思ったら、飼いならされた猫を見習え! - 脱貧困ブログ
そしてその中でちゃっかり
自分らしさをチョイチョイ
垣間見せる
「突然ネズミを持ってきて
ご主人の腰を抜かさせる」
くらいの「野生っぷり」を
魅せつけるくらいが「カワ(・∀・)イイ!!」
そう「飼い猫」でいるなら、
群れの多様性の中で「自分」の
立場を守れるのは「自分」です。
生まれ落ちた時から他人の
承認や賛同を必要とする環境に
慣れている「飼い猫」としての心得。
本当の「生かされている素晴らしさ」を
存分に感じるためにも、必須のスキル。
今日の「自分のための人生」からの
「一言」はこちら。。。
「 P112 自立への出発」です。
そう「自立」とは、
ヒトの多様性から自動的に起こる
「反対」「対立」が起きた時
「自分の立場をちゃんと見失わない技」
と言い換えても良いのでは
無いかと思われます。
以下「反対された」時の「対策」です。
1.今までと違った応対をする
「わたし」を「あなた」に置き換えて返事をする
「お父さんは気が立っているようですね」
「お父さんはわたしの考え方が間違っていると思うのね」
と答えましょう♫
主語を「わたし」から「あなた」にすることで
あなたの意見に反対しているのが「父親」
という客観視ができます。
(相手にもアピールできます)
「わたし」を主語にして、
自分の立場を変えたり(相手に合わせる)
言い訳をする(相手に媚びる)ということは、
「お父さん側について、結果
自分で自分に反対してる!」という
シチュエーションってことですね。
2.役立つ情報が「気に入らない事実」でも感謝
自分の成長に役立ちそうな情報を得た時は
気に入らない「事実」でも感謝すること。
「お前は家に帰った時カギを締めない。
そこが気に入らない」と彼に言われた時、
「だってカナダ生まれ(うそ)だもん♫」
と言い訳しましたが(冷たい視線が痛かった)
ここは「ホントだね、締めたほうが用心よね」
と「感謝する」とこですね!
☆-(ノ゚Д゚)八(゚Д゚ )ノイエーイ
「ずぼら」「片付けられない」で
言い換えされたケースもこれで対処します。
3.他人の反対をあえて歓迎すると腹が立たない
1.2の技を身につけたら、かなり上級なので
あえてヒトにいつも反対してる人相手に
自分を毅然と保ち、自分の立場を保つ
ということを練習するそうです。
武道でも「相手に合わせる稽古」を
してくれる相手ばかりだと上達頭打ちです。
あえてナニを言っても「でもさー」
という人に「そう、あなたはそうなのね」
とクールに切り替えす返し技を
習得したいものです。(*^_^*)
4.自分の述べた事実に対する他人の裏書きを求めない
自分の立場の正当性は自分が「信じる」
ことであって、主張したり、納得させようとしない。
つまり「◎◎さんにも聞いてみなよ、そう言うよ。」
「ねえ、あなた、そうよねえ?」
などという会話は不毛なのですね。
5.自分の意見に対して「悪かった」と思っていないのに謝る
これ、ツインソウルのサイトの
コメント欄でやってる方が居て、
「わたしの書き込みに気を悪くされる
方がいたらゴメンナサイ」ってやつ。
サイト主さんに「そういうのなし!」
って釘刺されてました。
誰かに許してもらわないと、
気分が落ち着かないということは
その人に自分の感情を「支配」され
ていることになるのですね。
悪いと思ってないのに「謝る」
という行為は、「許しを求める口実」
=「承認と同意」を求めていること。
これは他人に自分の感情を
明け渡すという「病気」だそうです。
もちろん悪いことしてるのに
謝らないのは、もっと深刻な病ですが。(笑)
6.自分の発言の最中にどのくらい中断されるか観察する
グループの中で発言していて
自分の会話が中断された時
自分が折れるかどうかを観察する。
相手の承認を求めたがる習慣は
気の弱さにつながることに
なるので、その場合
「わたしの話は終わってないんだけど」
と毅然と言えばよいそうです。
勿論「飼い猫」の 私たちは
他人の称賛や賛同から一切
線を引いて孤高の「野生猫」で
生きる必要はないのですが、
期待通りの賛同の言葉が
得られない時に「金縛り」に
ならないように「努力」する、
それが「人生を自由」に生きるチケット。
これもダイアー博士が言うように、
「反対されてみなければ
本当に自分を試すことにならない」
そうです。
自立への道は一夜にしてならず。
みなみなが自立していたら、
生物多様性の世界が全体化する
のでしょうねえ。(*´ω`*)
人間の風景の面白さとは、私たちの人生がある共通の一点で同じ土俵に立っているからだろう。一点とは、たった一度の一生をより良く生きたいという願いであり、面白さとは、そこから分かれてゆく人間の生き方の無限の多様性である。
あなたは素晴らしい存在だ。 - いばや通信
昨夜。。まさに前度数の
「昔の仲間との晩餐会」の
如く、しばらく居なかった
ヨーロッパの友達が戻ってきました。
この人、世界放浪してる不思議な人
なのですが、野良猫みたいな彼が
ウチの道場には戻ってくる。(笑)
ヘタすれば怪我をしたり、
させるかもしれない、ギリギリで
互いに全神経を払いながら
稽古に取り組む仲間、同士
が集う場所です。
「救出された溺れる男」のごとく
既存の枠にハマらない冒険野郎な
男もここでは暖かく迎えられ、
受け入れられ、それが冒険を進める為の
根拠なき勇気と信用につながるのです。
わたしも「自分のための人生」を生きる
ヒントを稽古からもらってますしね!